理系の世界史115:プロイセンとオーストリア


こんにちは!
エンジニアの私が唐突に高校の 世界史を学び直したい! と思ったので、世界史を勉強します。学び直すといっても世界史選択ではなかったので、ゼロからスタートですが・・・。
いつでも復習できるし、参考書代わりにもなるし、年表・年代がわからなくてもブログ内検索でサクッと検索できるので、ブログにノートを残しておきたいと思います。
そして、せっかくなので、理系に関することも毎回一つ最後に書きたいと思います。
 
なお、本カテゴリー【理系の世界史】における高校世界史の勉強教材は、YouTubeのHistoria Mundiです。


<115>プロイセンとオーストリア

三十年戦争以後 … 神聖ローマ帝国の中からプロイセンとオーストリアが強大化
プロイセンホーエンツォレルン家
○成立 … ブランデンブルク選帝侯国プロイセン公国(ドイツ騎士団領)が合併
・エルベ川以東を支配
・領主層(ユンカー)の農民支配
  ↓三十年戦争以後急成長
フリードリヒ=ヴィルヘルム1世(軍隊王)… 軍備増強
フリードリヒ2世(大王)
啓蒙専制君主 … 「君主は国家第一の僕(しもべ)」
ヴォルテール(フランスの啓蒙思想家と親交)
サン=スーシ宮殿ロココ様式の代表)
 
 
オーストリアハプスブルク家
ハプスブルク家は神聖ローマ皇帝を輩出することの多い家柄だが、三十年戦争以後オーストリアに専念する
マリア=テレジア(女性)が即位
 → 彼女の即位が戦争の原因になった。
 

 
☆プロイセン vs オーストリア
オーストリア継承戦争 … オーストリアのマリア=テレジアの即位にプロイセンのフリードリヒ2世が抗議
 → プロイセンの勝利、シュレジエン地方獲得
七年戦争 … オーストリア継承戦争のリターンマッチ
 マリア=テレジアがシュレジエンの奪回を図る
 外交革命オーストリアとフランスが同盟

オーストリアのハプスブルク家とフランスのバロア家、ブルボン家は今まで非常に仲が悪かった。

 → 再びプロイセンの勝利
 
☆戦後のオーストリア
ヨーゼフ2世 … 啓蒙専制君主
・宗教寛容令、農奴解放などの改革 → 挫折
 
 
啓蒙専制君主(プロイセンのフリードリヒ2世、オーストリアのヨーゼフ2世、ロシアのエカチェリーナ2世など)とは、王権神授説を拠り所とした国民支配ではなく、学問の良さを知った王が立派な王として国民からの信頼を集めようとする王。
 善政に努め、国民よりの改革を行う。ただし、絶対的な権力は持ちたいと考える。


-今回の理系ネタ-
 建築家クノーベルスドルフがサン=スーシ宮殿の設計を担当しました。

 
 
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