理系の世界史036:北朝の国々


こんにちは!
エンジニアの私が唐突に高校の 世界史を学び直したい! と思ったので、世界史を勉強します。学び直すといっても世界史選択ではなかったので、ゼロからスタートですが・・・。
いつでも復習できるし、参考書代わりにもなるし、年表・年代がわからなくてもブログ内検索でサクッと検索できるので、ブログにノートを残しておきたいと思います。
そして、せっかくなので、理系に関することも毎回一つ最後に書きたいと思います。
 
なお、本カテゴリー【理系の世界史】における高校世界史の勉強教材は、YouTubeのHistoria Mundiです。


<036>北朝の国々

北コース(食料生産性は中国南部より圧倒的に悪い)のポイントは宗教・土地
南コースのポイントは貴族文化

 
五胡十六国時代
五胡(5つの異民族という意味:匈奴鮮卑テイ[字は低の右側])の中国侵入
 →短命な16の王朝の興亡
○仏教の普及、外来僧の仏図澄(ぶっとちょう)や鳩摩羅什(くまらじゅう)により布教(鳩摩羅什は仏典の漢訳を行う)。
 
北魏
○都:平城
鮮卑族拓跋氏(たくばつし)が建国。
太武帝
 ・華北を統一
 ・道教を保護(寇謙之(こうけんし)が完成させた民間宗教)→ 仏教を弾圧
孝文帝
 ・漢化政策(異民族の服装、言葉の禁止)
 ・洛陽に遷都
 ・均田制 … 農民に土地を支給、死後返却させる。
 ・仏教の保護 → 石窟寺院 {竜門(洛陽付近)、雲崗(平城付近)、敦煌(西域)}

 
☆北魏の分裂
①→西魏北周
②→東魏北斉

西魏のときに府兵制が開始された。

 


-今回の理系ネタ-
 534年、北魏最後の皇帝である孝武帝が毒酒によって殺害されました。古来より中国史ではしばしば毒酒による殺害の記録が見られますが、毒酒の毒は鴆(ちん)という鳥の羽毛から採取されたらしいのですが、今日において鴆は実在していません。文献上の記録においても南北朝時代を最後に途絶えており、伝説上の存在になっています。
 1992年にニューギニアで羽毛に毒をもつ鳥(ピトフーイ)が発見されたことから、鴆が昔は実在していた可能性も現実味を帯びていますが、結論はまだ出ていません。

 
 
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